GLOBAL MARKETING INSIGHT

連載対談
2018.10.03

China Market for Everyone!
大きなポテンシャルを持つ中国マーケットに向けて、的確に情報を届けていきたい。

対談者

株式会社レクサー
代表取締役
中島 嘉一 様

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特殊なウェブ環境で知られる中国に臨む、“とがった”会社の挑戦。

中国との出会いは、「船井電機株式会社」のおかげ

山岸 - 今回は、世界中の人が中国を身近に感じられる“China Market for Everyone”を実現すべく、日本発のソリューションで世界に挑戦する「株式会社レクサー」の中島社長にお話を伺っていきます。まずは起業するに至った経緯をお聞きしたいのですが、会社を立ち上げる前はどんなことをされていたのでしょうか。

中島 - そうですね、私は愛媛県出身でして、愛媛大学の情報工学科を出て「船井電機株式会社」に入りました。

山岸 - 「FUNAI」ってアメリカでは昔からよく知られた電機機器メーカーですよね。実は私、アメリカで10年間暮らしていたのですが、大学卒業後の就職活動で内定をもらったことがあるんです。でも勤務地が日本になるということで残念ながらお断りしましたが。

中島 - はい、映像機器やプリンターなどを世界の市場で販売している「FUNAI」です。価格競争力を武器に、世界へデジタル家電を提供しています。

山岸 - そうですね、私がアメリカに居た時もよく「FUNAI」製のテレビなどを売り場で見かけました。

中島 - そんなグローバル企業に家電業界が元気だった2005年に新卒で入り、海外市場開拓室という部署に配属されました。1年ほど経った頃、160人くらいいた新入社員の中から4人、中国の工場で1年間の研修が受けられることになりまして。私も「海外で仕事をしたい」という思いがあったので応募しました。とはいえ「FUNAI」と言えばアメリカでしたから、本当はアメリカに行きたかったのですが、いつになるか分からないチャンスを待つくらいなら、目の前の中国に行こうと。

山岸 - それが中国との最初の接点だったのですね。

中島 - はい。その時はまだ中国語も分からなかったのですが、行けば何とかなるだろうと思っていました。研修先は広東省でもかなり田舎にある工場で、知る人ぞ知る東莞(ドングァン)でした。研修を終えて帰国してからすぐに「FUNAI」がアトランタに販社を作るという話になり、当時の理事が誘ってくれて私もアメリカに行くことがほぼ決まっていたと聞きました。しかしその矢先、私ではなく一番親しかった後輩がアメリカに行くことになりまして。そんな時、最初の研修で行った中国の総経理から声がかかり、今度は駐在員として現地に赴くことになりました。
駐在員時代の職務は基本的に工場の管理でした。具体的には、現地スタッフの管理と「カイゼン」活動をしていたのですが、工場全体で10,000人、自分の直属の管轄でも5,000人ほどいるスタッフに対して私1人でできることって、やはり限界がありました。それでも何かできることはないかと、生産工程における改善システムをイチから作ったり。それが「自分1人で作ったプログラムだけどその効果は5,000人に対して影響を与えた」という、ひとつの成功体験にもなりました。

ここまでで中国生活は合計5年間ほど。私の“中国での第1部”です。

妻の「起業したら?」の一言が、中国での起業のきっかけ

中島 - しかし、終わりは突然やってくるものです。工場が縮小することもあり、ほぼ失業状態で日本に帰らなければならない展開になりました。そうなると、せっかく現地で経験したことが無駄になってしまうなと思いました。

山岸 - 確かに、もったいない気がしますね。

中島 - その後日本には結局帰らず、中国で起業することになるのですが、そのきっかけは妻の「起業したら?」という一言でした。

山岸 - 奥様の方からの提案ですか。普通は逆のことが多いですよね、夫が「起業する」と言って妻が「何考えているの」と止めたりして。

中島 - そう、俗に言う“嫁ブロック”ですよね。でもうちは逆でした。私からすると、「何を簡単に言っているんだ、やるのは僕なんだぞ」という(笑)。

山岸 - 普通はそうなりますよね(笑)。

中島 - 中国では(日本人の)妻と一緒に生活してました。慣れない中国暮らしで妻自身に非常に苦労をかけてしまいました。それでも私を支え続けてくれたことに感謝しています。実は船井電機を辞めた後に妻のほうが先に上海で就職しました。それで私も即上海駐在という条件で就職活動をしてみたのですが、なかなか良い仕事が見つかりませんでした。それで夫婦で話し合った結果、「上海で2人で暮らすためには、起業するしかない」ということになったのです。
それで「ホームページ制作ならパソコン1台でできるから」という理由で、上海でホームページ制作とウェブマーケティングの事業を始めました。

山岸 - 実は、私も同じような感じでした。もともと創業に興味があったわけではなく、「やってみようかな」くらいの気持ちで会社を作ったので、最初は具体的なビジョンもなく、起業してから色々と考えていった感じで。それが私はアメリカ、中島さんは中国だったということですね。興味深いです。

上海で、大手日系企業のホームページ制作を受注

中島 - パソコンだけで起業するというのは一見簡単ですが、起業した先にどうやって”花を開かせるか”が重要だと思います。しかも私の場合は、起業するまでホームページを作ったことがなく、システムはVisual Basicなどで見様見真似で作ったりはしていましたが。

山岸 - それも私と似ています。私の大学時代の専攻はコンピューターサイエンスだったのですが、卒業してからプログラマーをしていて、やっぱりVisual BasicとJavaを使っていました。

中島 - ああ、そうでしたか。私は起業した頃ちょうどWordPress (CMS)が出てきていて、「ホームページって、結構簡単に作れるんだな」と思ったのもありまして。

山岸 - ちなみにクライアントは日本の企業ですか。

中島 - はい、中国に出ている日系企業ですね。今までの経験から中国の人たちを相手に仕事をすると金額面でもかなり叩かれますし、ほかにも色々と大変で。

山岸 - それはやはりそうでしょうね。

中島 - それで日系企業向けのビジネスをしていたのですが、上海という土地柄と日本人の”ムラ社会気質”とが相まって、仕事を取るという面では苦労しませんでした。むしろ大手クライアントの案件などを含め順調にホームページ制作やウェブマーケティングの実績を積んでいくことができました。

山岸 - なるほど。

中島 - そんな風にして会社もうまく回っていましたので、正直「中国から帰りたくない」と思っていたのですが、妻の妊娠をきっかけに「子育てはやはり日本で」と決め、帰国を決めました。そうして、2016年4月に日本で立ち上げたのが、「株式会社レクサー」です。

ニッチで特殊な中国のインターネット環境

山岸 - 「レクサー」を立ち上げてからの2年間で、一番きつかったことって何でしょうか。

中島 - そうですね。やはりビジネスですから、大変なことはたくさんありますが、最近思うのは「中国市場はもてはやされてはいるけれど、実際に本腰を入れて参入する企業は案外少ない」ということですね。

山岸 - たくさんの企業が問い合わせしてきたり話を聞きに来たりはするけれど、実際に中国向けビジネスを始める企業は少ないということですね。

中島 - はい。弊社は、中国向けのウェブしかやらない“とがった”会社だと思っています。代表の私自身が中国で10年間の経験を持っていますし、他の役員も全員中国滞在の経験および中国語が堪能。日本でこんな会社はほとんどないのではないでしょうか。そうした背景もあって、「百度」さんや「SBクラウド」さんともパートナーとしてやらせていただいていることは嬉しい限りです。でも中国への進出は他の国と比較すると格段にハードルが高いと思われています。

山岸 - 問題は、世間が騒いでいるほどの市場規模が本当にあるのか、また参入するにあたってどれくらいお金をかけてくれる企業があるのかというところですかね。

中島 - はい。「仕事がなくて困る」というわけではなく、「いつでも仕事はあふれているけれど、成約率が低い」といいますか。これはある意味、贅沢な悩みかもしれませんが。

山岸 - その状況はよく分かりますね。

中島 - 弊社は、中国向けサイトの表示速度やインフラの構築、保守まで含めたノウハウを蓄積して、“中国できちんと閲覧できるサイトを作る”ということにこだわっています。そのために今後も、現地での検証と研究開発に注力していきます。

山岸 - ちなみに、クライアント企業が日本国内にある場合、「実際に中国国内でどう見えるのかを確認したい」と言われることも多いと思うのですが、それに対してはどのような対応をされていますか?

中島 - 弊社では、とにかく見える化で、中国で撮った動画を見てもらっています。

山岸 - なるほど。実際に現地でサイトを表示している動画を見せるわけですね。弊社も、広告を表示するページ自体が表示されないとなると広告効果が大幅に下がってしまいますから、インフラやサイトの表示スピードに注力されている「レクサー」さんはとても信頼できるパートナーだと思っています。

中島 - ありがとうございます。

今はインバウンド全盛の時代。

山岸 - 会社を立ち上げた頃から現在までの2年間で、お客様のニーズに何か変化がありましたか?

中島 - そうですね、この2年に限ればあまり変化はないように思います。あえて言うなら、若干、越境ECを取り巻く環境が変わったかなという気はしますね。

山岸 - 弊社も以前は越境ECに力を入れていた時期がありましたが、「インフォキュービック・ジャパンらしい仕事って何だろう?」と考えた時、やっぱり物販よりもブランディングやマーケティングだと思い至り、それからはほとんど手がけなくなりました。でも中国向けの越境ECは、今なおトレンドワードの1つではないですか?

中島 - トレンドワードとして一人歩きをしている割にはあまり内情が見えないという感じでしょうか。

山岸 - ではインバウンドと越境ECでは、御社のお客様はどちらが多いのでしょうか。

中島 - やはり現状ではインバウンドのほうが参入しやすいですし、弊社への問い合わせ件数もインバウンドのほうが増えています。対する越境ECでは、競合相手が中国企業になってしまうので。

山岸 - 現地の企業と戦うのはハードルが高いですよね。

中島 - はい。インバウンドであれば中国企業はまだそれほど参入していませんし、今は日本旅行もブームになっていて、たくさんの旅行者が来てくれています。日本に来てくれれば国内で色々と対応することができますからね。

山岸 - そうですよね。

日本企業の中国ビジネスをもっと増やしていきたい

山岸 - 最後に、「レクサー」さんの今後の展望をお聞かせください。

中島 - 日本と中国とのビジネスをもっともっと増やしたいですね。弊社は、セミナーなどを通じて「中国の市場はとても特殊なので、きちんとしたホームページを作らなければダメですよ」ということを話して回ったり、いろいろな代理店さんと協力して中国について研究したりして、より効果的な中国向けホームページの作り方を日本全国に届けようとしてきました。このような活動によって中国向けビジネスに対する意識を高めていくことで、中国ビジネスに取り組む会社や個人が少しずつ増えて、業界全体が活性化し、弊社や御社などサポートする側の企業も育っていくと思うのです。

山岸 - 中国事情について啓蒙といえば、中島さんは中国最新ビジネス事情を発信するニュースサイトの運営も始められたとか。

中島 - はい。「株式会社36Kr Japan」という会社を今年7月に立ち上げ、中国No.1のスタートアップにフォーカスしたメディアである「36Kr」の日本版である「36Kr Japan」を運営しています。日本の皆様に、まずは中国に関する情報にたくさん触れていただいて、意識やマインドを変えられたらいいなと。

山岸 - そうですね。弊社も今後、未知なるポテンシャルを秘めた魅力的な市場・中国について、さらに注目していきたいと思います。中島さん、本日はありがとうございました。