「マーケターとしてのイーロン・マスク」
~稀代の起業家が世界の心を動かす~
<出典:Image by Iván Jesus Rojas from Pixabay >
電気自動車、ソーラーパネル、宇宙旅行、火星移住…etc
こうしたアイデアは、数十年も前から既に存在していました。しかし、それはアメリカやロシアの雑誌記事や映画に出てくるようなSFや空想の世界でしかありませんでした。しかし、イーロン・マスクは、Tesla、SpaceX、SolarCity、そしてThe Boring CompanyやOpenAIといった先進的なベンチャー企業を立ち上げ、そのアイデアを空想ではなく現実のものにしてきました。
いま世界中に常に話題を振りまき、人々を惹きつけるイーロン・マスク。彼はなぜ、これほどまでに世界中の人々の心を動かすのでしょうか? 今回は、「イーロン・マスクの生い立ち」から「彼が実践するビジネスから垣間見えるマーケティング戦略」などを通じて、”マーケターとしてのイーロン・マスク”を紐解いていきます。
イーロン・マスクの生い立ち
南アフリカのプレトリアで生まれたマスクは、「コンピューターとSFと本」が好きな少年でした。彼が9歳の時に両親が離婚。弟と父親と共に暮らしていましたが、父親は厳しく劣悪な家庭環境だったそうです。また、当時学校でもひどいイジメにあっていたというのは有名な話です。
父親が優秀なプログラマーであった影響からか、9歳から独学でプログラミングを始めたマスクは、12歳でコンピューター関連雑誌に「Blastar」という簡単なゲームを500ドルで販売しました。その後、17歳でカナダに移住。最初にカナダのオンタリオ州キングストンにあるクイーンズ大学に通ったのち、ペンシルベニア大学に転校。1995年、スタンフォード大学大学院へ進学するも「インターネットの方がはるかに社会を変える可能性がある」とたった2日で中退。起業の道に進みました。
< Blastar 1984 – Elon Musk>
破天荒な学生生活
クイーンズ大学で物理学を学んでいた頃、マスクと弟のキンバルは、新聞を読み、会いたい人をリストアップ。ひたすら電話をかけてランチを取り付けるということを行っていたそうです。
その中で、カナダ5大銀行の1つ、ノヴァ・スコシア銀行の最高経営責任者ピーター・ニコルソン氏(後、カナダ首相府の政策担当副参謀長)とのランチの約束を得て、その場でインターン契約を結んでいます。このインターンはオンライン金融サービス「X.com」を立ち上げた際に役立った経験であったと語っています。その他、マスクは学生時代にシリコンバレーで2回のインターンを経験しています。1つは、エネルギー貯蔵の新興企業であるPinnacle Research Instituteとロケットサイエンスゲーム会社でした。
この学生生活の間にも学生寮のコンピューターの部品やパソコンを(勝手に)売り払って、お小遣いを稼いでいたそうです。それ以外にもペンシルバニア大学時代には、(その行動力と企業家精神から?)安い家を借り、窓に黒いごみ袋を張り、壁にペンキを塗っては「酒場」に改良て、人々を招待し、 1晩で1か月分の家賃を稼ぎ出していたそうです。まさに破天荒。
その破天荒な生活の一方で、再生可能エネルギーや太陽光発電所についての研究論文 ” The Importance of Being Solar ” や、新しいエネルギー貯蔵に関する論文 ” Ultracapacitor ” などを書き上げており、随所に現在のマスクの原点が垣間見えます。
起業家としてのイーロン・マスク
1995年、スタンフォード大学の大学院を2日で退学してから、弟のキンバルと共に、イエローページのようなインターネット上に地図や名簿を提供するサービス「Zip2」を立ち上げました。このサービスはインターンシップ中に出会ったイエローページのセールスマンからヒントを得たそうです。その後マスクは次々に起業を成功させています。
2000年にオンライン金融サービス「X.com」を設立。ピーター・ティール氏の会社と合併し「PayPal」が誕生。その後、PayPalから追い出されるなど紆余曲折ありながら、2002 年の初めに、宇宙輸送を目的とする「スペース エクスプロレーション テクノロジーズ (SpaceX)」 を設立。
2004年、電気自動車「テスラ」に総額 7000 万ドルの投資(現在CEO)。
2006年、従兄弟のピーターとリンドン・リープに資金提供し「SolarCity」の設立を支援(現在CEO)。
2015年、人工知能に関する研究を行う非営利団体「OpenAI」を設立。
2016年、人々の移動の問題解決を目指した採掘会社「The Boring Company」を設立。
2021年1月にはテスラ社の株価高騰により、総資産19兆2000億円という世界一の富豪になっています。
多くの事業をクリエイトし、輝かしい実績のあるマスクですが、全てが順風満帆だったわけではありません。非常に過酷で多くの困難・倒産の危機を乗り越えて現在に至っています。彼が、テスラの工場で寝起きをしながら週120時間働いていたのはとても有名な話ですね。(1週間は168時間しかありません!)
マーケターとしてのイーロン・マスク
イーロン・マスクは現代のマーケティングとメディア戦略の天才であり、従来の企業のように莫大な広告に予算を割いてマーケティングを実践する手法とは大きく異なります。電気自動車、宇宙事業、ソーラーパネル、バッテリー事業、AIなどマスクが展開するあらゆるビジネスを大成功に導くために、彼のビジネスを成功に導いたマーケティングとはどのようなものだったのでしょうか?
見ていきましょう。
Twitterの活用
イーロン・マスクはソーシャルメディア、特にTwitterを活用して「顧客と対話」を非常に大切にしています。彼のTwitterには現在5,691万人以上のフォロワーが存在し、彼はほぼ毎日のようにフォロワーと交流し、ビジネスのアイデアを共有しています。
<Wall Street Journal : Elon Musk’s Twitter Habit>
ウォールストリートジャーナルによるマスクのTwitter分析によると、2018年テクノロジー系大企業のCEOの中で、マスクより多くツイートしているのは、Salesforceのマーク・ベニオフ氏だけでした。そして、注目すべきポイントは、上部の黄色い部分が示すように、マスクのツイートの多くは「返信」に充てられています。
<Wall Street Journal : Elon Musk’s Twitter Habit>
また、上記の図はマスクがどんなことをツイートしたかの割合を表しています。この調査が示すように、マスクは自分のビジネスについて毎月ある程度一定の比率でツイートを行っていることを読み取ることが出来ます。また、2018年3月には、本人の「Instagramアカウント」「テスラ・SpaceXのFacebookページ」を削除しました。当時数百万のフォロワーが存在していたことを考えると大胆な行動だったことがわかります。
I love Twitter
— Elon Musk (@elonmusk) December 21, 2017
マスクは、Twitterを「顧客とのコミュニケーションを生み出す、マーケティングツール」の1つとして効果的に活用しています。彼のTwitterでのつぶやきは「30秒の有料広告より遥かに強い拡散力」を持っていると言われています。
リソースのMAX活用
2018年に打ち上げられたSpaceXのFalconHeavyロケットの打ち上げは、彼の持つリソースを最大限に活かした完璧なマーケティング戦略の好例といえます。ロケットに乗って宇宙空間に放たれたマスクの愛車「赤色の初代テスラ・ロードスター」に世界中の誰もが驚かされました。
この打ち上げはSpaceXとYouTubeでライブ配信され、世界中から注目を浴びました。(私も見ており、大興奮しました。)現在でもこのロードスターは宇宙空間を回遊しており、マネキンに宇宙服を着せた「スターマン」と共に太陽の周りを回っています。
ハーバード大学クリエイティブ・ディレクターである、マーク・アレンビー氏はこの「スターマン」の演出は、マーケティングの域を超えた『芸術作品』であると評価して以下のように述べています。
“How many people can put a rocket into space with a dummy in a car with a Bowie soundtrack as a marketing idea for selling cars? You can’t get any bigger than that.”
「車を売るためのマーケティング・アイデアとして、Bowieのサウンドトラックをかけた車にダミーを乗せて、ロケットを宇宙に飛ばすことができる人がどれだけいるだろうか?誰もそれ以上のことはできないよ。」
We don’t buy advertising
— Elon Musk (@elonmusk) April 29, 2019
「社会課題を解決したい」という志
マスクの進行するプロジェクトのほとんどは、実際の社会課題を解決するためのものであり「世界を可能な限り良くしたい」というマスク自身のビジョンが反映されています。
2017年10月、マスクは巨大なハリケーンの直撃によって壊滅状態になったプエルトリコの電力システムの救済をいち早くTwitterに投稿。
The Tesla team has done this for many smaller islands around the world, but there is no scalability limit, so it can be done for Puerto Rico too. Such a decision would be in the hands of the PR govt, PUC, any commercial stakeholders and, most importantly, the people of PR.
— Elon Musk (@elonmusk) October 5, 2017
プエルトリコのリカルド・ロッセロ知事はただちに「話し合う」とツイートし、テスラはいち早く災害対策に乗り出し、島にバッテリーパックの設置やソーラーパネルの修理を支援することを約束。このTwitterをきっかけにテスラの「プエルトリコエネルギープロジェクト」が始動しました。
また2018年、カリフォルニアで起こった大規模森林火災の際には以下のようにツイートしています。
If Tesla can help people in California wildfire, please let us know. Model S & X have hospital grade HEPA filters. Maybe helpful for transporting people.
— Elon Musk (@elonmusk) November 10, 2018
「テスラがカリフォルニアの山火事で被災した方たちに何かできることがあれば教えて下さい。モデルS・Xには病院と同水準のHEPAフィルターが付いています。人の輸送に役立つかもしれません。」
このツイートは1万5千回以上リツート、世界中の国際ニュースで取り上げられました。このツイートによって、深刻な天災のなかでテスラ車両が人々の命を救ったことが広く伝えられたのです。
スティーブ・ジョブズとの比較
イーロン・マスクはしばしば、今はなきApple創業者のスティーブ・ジョブズ氏と比較されます。イーロン・マスクとスティーブ・ジョブズは、ともにビジネス界で突出したカリスマ性で人々を熱狂させ、大成功を収めています。しかし、一方で、彼らは異なるリーダーシップを持っていました。
マイクロソフトの創始者の1人、ビル・ゲイツはブルームバーグのインタビューで2人についてこう表現しています。
“Elon’s more of a hands-on engineer. Steve was a genius at design and picking people and marketing,”「イーロン・マスク氏は実践的なエンジニアである一方で、スティーブジョブズ氏はデザイン・適材適所・マーケティングの天才だよ。」
徹底したデザイン思考で新しい市場を創造したスティーブ・ジョブズ。その一方で、最新のテクノロジーを活用することで既存市場のトレンドを変化させたイーロン・マスク。稀代の起業家でありマーケターである2人は全く異なるようにみえますが、ともに挑戦的・野心的であり、既成概念にとらわれない発想で世間を驚かせ、顧客との「感情的/エモーショナル」な繋がりを生み出すことによって、熱狂的なファンを獲得していることは共通しています。
情熱を持った人が「世界をより良い方向に変えることができる」と信じた、スティーブ・ジョブズ
そして、「将来を可能な限り良くしたい」と熱望する、イーロン・マスク
世界的に影響を与える起業家は、マーケターとして「近しい本質」を持っているといえるかもしれません。
まとめ
マーケティングの定義を「戦略・戦術によって、人々の心を動かし、行動を起こさせること」としたときに、いま世界最高のグローバルマーケターはイーロン・マスクかもしれません。社会課題の解決をめざすビジョン、SNSの活用、あまりにも多角的なビジネス…彼の行動をじっと観察することで新時代のグローバルマーケティングの形がみえてくるようです。
本文でご紹介したように、イーロン・マスク(とテスラ)はInstagram・Facebookページを削除してTwitterに専念しましたが、企業のマーケティングには非常に有効な媒体であることに違いはありません!SNSを用いたグローバルマーケティング・ブランディングをご検討でしたら、ぜひインフォキュービック・ジャパンにお声がけ下さい。
吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
コンテンツ・SNS・メールマーケティングを統括しています。 オーストラリア永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。日本9年を経て、現在はシンガポールからフルリモート中。